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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)17号 判決

東京都足立区本木二丁目一一番三号

亡小宮金太郎承継人

原告

小宮政尾

右同所

小宮佐喜夫

右原告ら訴訟代理人弁護士

田中登

小池健治

坂東規子

東京都足立区栗原三丁目一〇番一六号

被告

西新井税務署長 宇都宮覺

右指定代理人

渡邉和義

神谷宏行

村瀬次郎

上賢清

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

小宮金太郎の昭和五六年分の所得税について、被告が昭和六〇年三月七日付けでした更正のうち分離長期譲渡所得金額を七四二二万七九〇〇円とし納付すべき税額を一七五四万七八〇〇円とする部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  当事者間に争いがない事実等

1  本件課税処分の経緯等

(一) 原告らの父である小宮金太郎(原告らが承継する以前の原告。以下「金太郎」という。)は、昭和五六年分の所得税について、申告期限である昭和五七年三月一五日、総所得金額を六六万四二三二円(内訳は不動産所得の金額二一万四八三二円、給与所得の金額四四万九四〇〇円)、分離長期譲渡所得の金額を零円、納付すべき税額を零円とし、特例適用条文欄に「所得税法六四条二項」と記載した確定申告書を提出した。

所得税法(以下「法」という。)六四条二項の規定によれば、保証債務を履行するため資産の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった金額は譲渡所得の金額の計算上なかったものとみなすものとされている。また、同条三項の規定によれば、右の規定の適用を受けるためには、確定申告書に所得税法施行規則(以下「規則」という。)三八条所定の譲渡をした資産の種類・数量及び譲渡金額等、求償権の行使ができないこととなった事情の説明等を記載すべきことが要求されている。

ところが、右申告書には、右規則三八条所定の事項は記載されていなかった。

(二) 被告は、昭和六〇年三月五日付けで、右所得税につき、法六四条二項の規定の適用はないものとして、総所得金額(不動産所得の金額)を二一万四八三二円、分離長期譲渡所得の金額を七四二二万七九〇〇円、納付すべき税額を一七五四万七八〇〇円とする更正を行い、併せて加算税額を八七万七〇〇〇円とする過少申告加算税の賦課決定を行った。

(三) その後、金太郎は平成三年九月二八日に死亡し、その子である原告らが、相続人として金太郎の権利義務を承継した。

2  本件課税処分の基礎となる事実

(一) 金太郎の昭和五六年分の総所得金額は、不動産所得の金額の二一万四八三二円である。

(二) 金太郎は、昭和五六年中に、別紙物件等目録の番号1ないし24の各土地(以下「本件土地」という。)を同目録の譲渡金額欄記載のとおりの代金合計八六六二万八三一〇円で他に売却している。

右本件土地の売却による譲渡所得の金額の計算において法六四条二項の規定の適用がないものとした場合には、その分離長期譲渡所得の金額は、右の譲渡収入金額八六六二万八三一〇円から取得費四三三万一四一五円、譲渡費用七〇六万八九八八円、租税特別措置法三一条三項所定の特別控除額一〇〇万円を控除した七四二二万七九〇〇円(一〇〇円未満切り捨て)となる。

二  本件の争点

本件では、専ら、右本件土地の譲渡による所得七四二二万七九〇〇円について、右法六四条二項所定の特例(以下「本件特例」という。)の適用により、これがなかったこととみなされるか否かが争われており、次のとおり、本件特例の適用のための手続的要件及び実体的要件の有無が争点となっている。

1  手続要件について

(一) 原告らの主張

(1) 本件特例の適用に関する法六四条三項の「確定申告書に………大蔵省令で定める事項の記載がある場合に限り適用する」との規定は、専ら税務事務取扱上の便宜のための規定であって、いわゆる訓示規定と解すべきものであり、右記載の欠缺を理由に右特例規定の適用がないとすることは許されない。

(2) 更に、本件では、譲渡不動産の件数及び金額が多く、かつ保証債務の内容も複雑であったため、同項の規定どおり「大蔵省令で定める事項」を記載することは困難であり、金太郎がこれを記載しなかったことについては、法六四条四項にいう「やむを得ない事情」があったものというべきである。現に本件確定申告書の提出の際、被告の担当職員も、いずれ調査するからこの程度の記載でよいとして、右「大蔵省令で定める事項」を記載しないことを了承しているのである。また、金太郎に対しては、その後の税務調査の結果に基づき、被告の担当職員から、本件土地の譲渡による所得の一部について本件特例の適用があることを前提とした修正申告のしょうようが行われている。

このような事実からすれば、被告は、金太郎が確定申告書に「大蔵省令で定める事項」を記載しなかったことについては、法六四条四項にいう「やむを得ない事情がある」ものとして、同項の規定に基づき、本件特例を適用することとしたものというべきである。

また、右のような事実関係のもとでは、被告が本訴において右手続要件の欠缺を主張することは、信義則及び禁反言の法理に違反し、許されないものというべきである。

(二) 被告の主張

(1) 法六四条三項の規定は、その文言からして訓示規定でないことは明らかであり、金太郎が確定申告書に大蔵省令で定める事項を記載していない以上、本件特例の適用を受けることはできない。

(2) 法六四条四項にいう「やむを得ない事情」とは、火災や風水害によって関係書類を紛失したなど本人の責めに帰すことのできない事情で、確定申告書を提出するまでに生じた事情をいうものである。金太郎は、被告が再三にわたり右不記載による手続要件の不備を告げて、その補完を求めたにもかかわらず、これを明らかにしようとせず、また、必要な資料の提供もしなかったものであり、被告が金太郎の右記載の不備にもかかわらず本件特例を適用するものとしたことはない。

また、右の事実に照らせば、右手続要件の欠缺を主張することが、信義則及び禁反言に反するとの原告らの主張は失当である。

2  実体要件について

(一) 原告らの主張

本件土地の譲渡の経緯及びその譲渡代金による弁済の対象となった保証債務の内容等は、次のとおりである。

(1) 別紙物件等目録の番号10ないし24の物件の譲渡関係

〈1〉 金太郎の長男である原告小宮佐喜夫(以下「原告佐喜夫」という。)が経営していた株式会社コミヤ(以下「コミヤ」という。)は、昭和五四年初めころ、日成造営株式会社(以下「日成造営」という。)から継続的に金銭の借入れを行うこととなり、これと同時に、金太郎は、日成造営に対し、右の借入金債務について保証を行った。

右の約定に基づく昭和五四年一二月二日までの間のコミヤの日成造営からの借入金債務は、合計一一六五万七九七七円となった。

日成造営は、昭和五五年一二月当時、金本熙峰(以下「金本」という。)に対して一七五〇万円の債務を負担していたが、その頃、その一部の弁済のため、日成造営は金本に対して右コミヤに対する一一六五万七九七七円の貸金債権を譲渡し、債務者であるコミヤは右譲渡を承諾した。これによって、金太郎が日成造営に対して負担していた右金額の保証債務は、金本に対するものとなった。

〈2〉 金本は、金太郎所有の東京都足立区本木二丁目二二一四番五所在の土地建物等について、昭和五五年一一月二五日に金太郎との間で右日成造営に対する債権を被担保債権とする根抵当権設定契約を締結したとして、同年一二月二六日、その旨の仮登記をした。

金太郎は、昭和五六年一月三〇日、金本に対し、右根抵当権設定契約を追認したので、昭和五五年一一月二五日に遡って、日成造営の金本に対する債務を被担保債権として根抵当権設定契約が成立したこととなった。

〈3〉 金太郎は、右保証債務等を履行するため、昭和五六年一月三〇日、信託ハウジング株式会社(以下「信託ハウジング」という。)から三〇〇〇万円を借り入れ、同日、そのうちから、右〈1〉記載の保証債務の履行として一一六五万七九七七円、右〈2〉記載の根抵当権に基づく物上保証の履行として五八四万二〇二三円の合計一七五〇万円を金本に弁済した。

仮に、右〈1〉の債務保証契約の成立が認められないとすれば、金太郎が右のとおり支払った一七五〇万円は、すべて右〈2〉記載の根抵当権に基づく物上保証の履行として金本に支払ったものである。

〈4〉 金太郎は、信託ハウジングの斡旋で、別紙物件等目録の番号10ないし24の各物件を、同年二月一三日から同年六月一三日までの間に、代金合計四八二七万九〇九〇円で他に売却し、このうちから前記信託ハウジングからの借入金三〇〇〇万円を弁済した。

(2) 別紙物件等目録の番号1ないし7の物件の譲渡関係

〈1〉 原告佐喜夫は、かねて他から借り入れていた債務を弁済するため、昭和五四年七月二三日、瀧野川信用金庫から三〇〇〇万円を借り入れたが、金太郎は、右借り入れに当たって、原告佐喜夫の瀧野川信用金庫に対する債務に対して連帯保証をした。

〈2〉 金太郎は、昭和五四年七月二一日、かねて原告佐喜夫が梶久良夫及び梶公一から借り入れていた借入金債務合計二四〇〇万円を担保するため、右両名との間で、別紙物件等目録の番号1ないし3の土地を譲渡担保として右両名に譲渡することとし、各債務額の割合に応じた持分により、所有権移転登記をした。

〈3〉 金太郎は、昭和五六年三月二日から同年九月三日までの間に、別紙物件等目録の番号1ないし7の物件を代金合計三〇九〇万九二二〇円で他に売却し、その売却代金から仲介手数料及び測量費用を控除した二九一三万五六四八円のうちから、同年九月一一日に金一五〇〇万円を瀧野川信用金庫に対する保証債務を弁済するために支払い、更に同年一〇月一八日までに残金一四一三万五六四八円を梶久良夫及び梶公一に対する借入金を弁済するために支払った。

(3) 金太郎が右保証債務等を履行したことによってコミヤ、日成造営及び原告佐喜夫に対して有することとなった各求償権については、その後右コミヤ及び日成造営が倒産したこと等により、これを行使することができないこととなった。

したがって、右各求償権の行使が不能となった額については、本件特例の適用が認められるべきである。

また、仮に被告の後記の主張にあるとおり、瀧野川信用金庫に対する弁済が梶久良夫らからの借入金から支払われたものであるとしても、本件特例の適用に当たっては、資産の譲渡と保証債務の弁済との間に実質的な牽連関係があれば足りるものと解されるから、本件について右特例を適用することは何ら差し支えないものというべきである。

(二) 原告らの主張に対する被告の認否及び反論

本件土地の売却は、次のとおり、保証債務の履行のためになされたものとはいえないから、金太郎の昭和五六年分の所得税について本件特例を適用する余地はない。

(1) 別紙物件等目録の番号10ないし24の物件の譲渡関係の主張について

金太郎が別紙物件等目録の番号10ないし24の各物件をその主張のとおり売却したこと及び金太郎所有の東京都足立区本木二丁目二二一四番五所在の土地建物等について昭和五五年一二月二六日に根抵当権設定仮登記がなされたことは認めるが、金太郎が日成造営に対するコミヤの債務を保証し、あるいは、金太郎が日成造営を債務者とする金本のための根抵当権設定契約を追認したことは否認する。その余は知らない。

仮に、原告ら主張のとおりコミヤの日成造営に対する債務が存在し、金太郎がこれを弁済した事実があったとしても、これは、金太郎が原告佐喜夫の父として、いわば道義的責任から任意に弁済を行ったものにすぎず、保証債務の履行としてしたものではない。

また、仮に、金太郎が、日成造営に対するコミャの債務を保証した事実あるいは金本のための根抵当権設定契約を追認した事実が認められるとしても、右保証を行ったとされる昭和五四年初めころ、あるいは右根抵当権設定契約を追認したとされる昭和五六年一月三〇日ころには、コミヤ及び日成造営は、いずれも休業状態又は倒産状態にあり、いずれの場合でも、既に金太郎がコミヤあるいは日成造営に対して求償権を行使することは客観的に不可能な状態であり、金太郎は、このような事情を熟知しながら、あえて保証等を行ったものである。したがって、このような場合には、本件特例の適用はないものというべきである。

(2) 別紙物件等目録の番号1ないし7の物件の譲渡関係の主張について

原告佐喜夫が瀧野川信用金庫から三〇〇〇万円を借り入れるについて金太郎が連帯保証したことは認める。しかし、右の借入れ時点において、原告佐喜夫には既にその返済能力がなく、金太郎は、自らの土地を売却してその返済を行う以外なく、当初から原告佐喜夫に対して発生する求償権を行使することを前提としないで、右連帯保証を行ったものである。したがって、このような場合には、もともと本件特例の適用がないものというべきである。

また、金太郎が別紙物件等目録の番号1ないし7の物件を代金合計三〇九〇万九二二〇円で他に売却し、その代金から仲介手数料及び測量費用を控除した金額が二九一三万五六四八円となったことは認めるが、瀧野川信用金庫に対する弁済が右の譲渡代金から支払われたことは否認する。そもそも、原告らの主張する梶久良夫及び梶公一からの二四〇〇万円の借入れ自体、原告佐喜夫でなく金太郎自身がその借主となって行っていたものであるし、また、右瀧野川信用金庫に対する債務の弁済も、金太郎が梶久良夫及び梶公一から新たに借り入れた金員で行われたものである。

第三争点に対する判断

一  手続要件について

1  原告らは、本件特例の適用に関する法六四条三項の規定は専ら税務事務取扱上の便宜のための規定であり、いわゆる訓示規定であると主張する。

しかし、本件特例の適用について、法は、六四条三項において、本件特例について定めた二項の規定は確定申告書に大蔵省令で定める事項の記載がある場合に限り適用する旨を定めた上、同条四項において、確定申告書に必要な記載がなかった場合等においても、それについてやむを得ない事情があるときに限り例外的に右二項の規定を適用することができる旨を定めていることからすると、法六四条三項の規定は、本件特例の適用を受けるために必要な手続要件を定めたものと解するのが相当であり、これを単なる訓示規定に過ぎないものとする原告らの主張は失当なものといわざるを得ない。

2  次に、本件申告書に規則三八条所定の事項が記載されていなかったことにつきやむを得ない事情があったかどうかについて判断する。

(一) 本件申告書が提出された経緯等については、証人川村富雄及び同小宮佐喜夫(継承後の原告。以下「証人小宮」と摘示する。)の各証言のほか適宜括弧内に掲示した書証によれば、次の事実が認められる。

(1) 金太郎は、昭和五六年分の所得税について本件特例の適用を求めて本件申告書を提出したが、右申告書の分離長期譲渡所得の特例適用条文欄に「所得税法六四条二項」と記載したのみで、その詳細を明らかにする明細書を添付しなかった(甲一号証)。なお、金太郎は、昭和五五年分の所得税についても保証債務の履行のための資産の譲渡があったとして、必要な書類等を申告書に添付した上で本件特例の適用を受けていたが(甲一二号証の一、二)、昭和五六年分については、不動産の売却関係と保証債務の内容が複雑で確定申告書に添付すべき明細書を作成できなかったことから、本件申告書には前記のみをして被告税務署の受付に提出することとし、原告佐喜夫がこれを税務署の受付窓口に持参したところ、受付担当者はそのまま本件申告書を受理したものである。

(2) 昭和五七年六月ころから、被告の税務調査担当者である川村富雄が、金太郎から関係資料の提示を受け、原告佐喜夫をはじめとする取引関係者から事情を聴取する等の調査を進めることとなった。そして、昭和五九年に入り、川村は金太郎の昭和五六年分の所得税に関する調査を一応終え、金太郎に対し川村自らが作成し上司の決裁をも得た修正申告書の案を提示した上、そのとおりに修正申告するように勧めた(甲二五号証)。この際、川村は、金太郎に対し、本件特例の適用については、一部の保証債務に関する部分についてはその適用を認め得るが、その他の分については適用は難しいと説明した。川村の後任者も同様の修正申告のしょうようをしたが、金太郎はその内容に納得できないとして、修正申告には応じられないと回答した。

(3) このようなやりとりがあった後、昭和六〇年三月五日、被告は、金太郎に対し、昭和五六年分の所得税について、本件特例の適用はないとした上、本件更正を行った。(この点については、当事者間に争いがない。)

(二) 右認定事実によれば、本件確定申告書には規則三八条所定の事項の記載がされていないけれども、金太郎は本件特例の適用を受けたいとの意向をもち、申告書にもその旨の記載を行っていたものであり、ただ、右特例の適用に関する取引内容が複雑で確定申告書の記載方法がよくわからなかったため、規則三八条所定の事項を記載しないまま本件確定申告書を被告担当者に提出したところ、被告担当者は、その場ではそれ以上の記載の補充等を求めることなくこれを受理し、更に、その後の調査の結果に基づいて、本件特例の適用を認めることを前提とした内容の修正申告のしょうようをも行ったものというべきである。そうすると、確かに被告も主張するとおり、法六四条四項にいう必要な記載がなかったことについての「やむを得ない事情」とは、本来は事故による関係書類の紛失等の本人の責めに帰すことのできない事情をいうものと解すべきものとしても、本件にあっては、被告の方でも、その後の調査の過程で、いったんは法六四条四項にいうやむを得ない事情があるものと認めたためか、本件特例の適用を認めることとしたものとも解し得ないでない。

3  そこで、本件においては、この手続要件の点はしばらく措いて、以下に、進んで本件特例適用のための実体要件の点について判断を加えることとする。

二  実体要件について

1  別紙物件等目録の番号10ないし24の物件の譲渡関係について

(一) まず、原告らは、昭和五四年初めころ、金太郎が日成造営に対しコミヤの日成造営からの借入金債務につき保証をし、その後日成造営が金本に対し債権譲渡したことに伴い、金太郎は金本に対し保証債務を負うことになったと主張するが、次のとおり、金太郎が日成造営に対し右保証をしたとの事実を認めるに足る証拠は存在しないものといわざるを得ない。

すなわち、確かに証人小宮の証言には、昭和五四年六月ころ、金太郎方において金太郎及び原告佐喜夫が日成造営の代表者であり金太郎の義弟に当たる新井保夫(以下「新井」という。)に対しコミヤの資金繰りを依頼した際に、金太郎が新井に対し最終的な責任を自分がもつので協力してほしいと述べたことがあった等、原告らの主張に沿うかのような部分もないではない。しかし、右証人小宮の証言によれば、金太郎の右発言は、コミヤの資金繰りについてはむしろ金太郎の所有する土地を処分する等して利息の負担の伴わない金を作って債務を清算したほうがよいとの新井からの提案について話し合った中でなされたものであるというのであり、むしろその発言の趣旨は、新井に対し金太郎が原告佐喜夫の父親としてできる限りの責任を果たすという趣旨のものにすぎないものとも考えられるところであり、右の証言のみからして、金太郎がコミヤの日成造営に対する借入金債務について保証する旨を約したものとまですることは困難なものといわなければならない。

(二) 次いで、原告らは、金太郎が昭和五六年一月三〇日に金本に対し、金太郎に無断で締結されていた金本の日成造営に対する債権を被担保債権とする金太郎所有の不動産についての根抵当権設定契約を追認したと主張する。

(1) 右根抵当権の設定からその仮登記の抹消に至るまでの経緯については、証人小宮の証言のほか適宜括弧内に掲示した書証によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 昭和五五年に入り、コミヤに事業資金を援助していた日成造営の経営が思わしくなくなったことから、日成造営の代表者の新井は、原告佐喜夫を通じて金太郎に対し、金太郎所有の不動産の一部を売却して貸金の返済に当ててほしいと申し入れてきた。金太郎はこれに同意し、同年秋ころ、新井に対し、金太郎所有に係る不動産の権利証つづりと印鑑証明書を交付した。ところが、新井は、これらを利用して、昭和五五年一一月二五日、金太郎には無断で、金融業者である金本との間で、金太郎の自宅である東京都足立区本木二丁目二二一四番地五所在の土地建物を含む金太郎所有の不動産について、金本のための根抵当権設定契約を締結し、その旨の仮登記をしてしまった(甲一四号証ないし一七号証)。

〈2〉 昭和五六年一月初め、金太郎は、原告佐喜夫を通じて、新井が金本のために金太郎所有の前記不動産上に前記根抵当権を設定したこと、更には、金本が金太郎から金本の日成造営に対する債権及び金本が日成造営から債権譲渡を受けたとするコミヤに対する債権について弁済を受けない限り右根抵当権設定仮登記の抹消には応じないと言っていることを知らされた。金太郎はこれを聞いて驚き、自宅が処分されてしまわないようにするため、原告佐喜夫と相談の上、金太郎所有の貸地を売却し、その売却代金を金本に支払って前記根抵当権設定仮登記の抹消を図るとともに、同時に、その他のコミヤの債務もできる限り返済し、業績が悪化の一途をたどるコミヤの事業を清算することとした。

〈3〉 そこで、金太郎は、信託ハウジングに前記貸地の処分を依頼するとともに、同社から三〇〇〇万円を借り入れ、昭和五六年一月三〇日、金太郎、原告佐喜夫、金本、信託ハウジング担当者等が参集の上、金太郎は金本に対し一七五〇万円を支払い、同日、前記根抵当権設定仮登記は抹消された(甲一四号証ないし一七号証、甲三三号証。)

(2) 右認定事実からすると、昭和五六年一月三〇日、その被担保債権の内容が具体的にはどのような債権であったのかはともかくとしても、金太郎に無断で設定されていた前記根抵当権設定仮登記の抹消を求めて、金太郎が金本に対し前記一七五〇万円をいわば登記抹消の承諾料として支払ったことは認められるが、これによってその際金太郎が金本に対し前記根抵当権設定契約の追認をしたものとまですることは、次のとおり、困難なものといわなければならない。

すなわち、確かに、証人小宮の証言には、昭和五六年一月三〇日に金太郎が金本に対し前記根抵当権設定契約を追認したものであるとする部分がある。しかし、証人小宮は、他方で、右同日に、金太郎は金本に会ったが、両者の間では金銭の授受をしたのみで、それ以上の話合いはしていないとも証言しているのであり、右根抵当権設定契約を追認したとする証言部分はあいまいで具体的を欠き、右の証言のみからして右追認の事実を認めることは困難なものというべきである。そもそも高利貸しのために自宅に無断で根抵当権を設定された者が、家屋敷が人手に渡ることを恐れて他から金策をし、右根抵当権設定登記を抹消してもらうに際し、本来無効な根抵当権設定契約をいったんわざわざ追認してこれを有効なものとした上で債務を弁済することとするという合意の形態自体が甚だ不自然なものというべきである。むしろこのような場合に債権を弁済する者の意思内容としては、右根抵当権設定契約の効果が自己に及ぶことを不満としながらも、家屋敷が人手に渡ることを防ぐため、とりあえず債務を弁済するという形にしておくというのが通常の形態であろう。以上の点からすると、証人小宮の前記証言部分は信用できないものというべきである。

2  別紙物件等目録の番号1ないし7の物件の譲渡関係について

(一) 金太郎が、昭和五四年七月二三日、原告佐喜夫の瀧野川信用金庫からの三〇〇〇万円の借入金債務について連帯保証したことについては、当事者間に争いがない。

(二) また、原告らは、昭和五四年七月二一日、原告佐喜夫が梶久良夫及び梶公一から借り入れた債務を担保するため、別紙物件等目録の番号1ないし3の土地に譲渡担保を設定したと主張する。

しかし、原告らが右取引契約の契約書であるとする契約書(乙二号証)によれば、金太郎が借主、原告佐喜夫が連帯保証人と記載されており、また、梶久良夫が金太郎との間の債権関係の相当部分を清算した直後である昭和五六年一〇月ころ作成したメモ(甲三一号証)には、金太郎に対し昭和五四年七月二一日に梶久良夫が八〇〇万円、梶公一が一六〇〇万円をそれぞれ貸し付けた旨の記載があるのである。これらの事実からすれば、昭和五四年七月二一日に梶らから二四〇〇万円を借り入れたのは金太郎であったものと認められるのであって、その借主が原告佐喜夫であったとすることは困難なものといわざるを得ない。

これに対し、証人小宮及び同梶久良夫は、右二四〇〇万円の真実の借主は原告佐喜夫であるが、金太郎がその所有する不動産を担保に提供することから、瀧野川信用金庫からのアドバイスもあって、契約書に借主として金太郎の名前を記載したものであると供述する。しかし、東京国税局における梶久良夫に対する事情聴取書(乙六号証)では、梶久良夫は右二四〇〇万円は梶らが金太郎に貸し付けたものであると供述しているし、また、債務者と物的担保提供者とが異なることは別段不自然なことでもなく、真実の借主が原告佐喜夫である場合にあえて契約書上の借主としては担保提供者である金太郎の名前を記載することを必要とするような理由は乏しいものといわざるを得ない。これらの事実からすると、前記各供述は信用できないものというべきである。

(三) 次に、別紙物件等目録の番号1ないし7の物件の譲渡代金が、前記(1)に認定した金太郎の瀧野川信用金庫に対する保証債務の返済に当てられたか否かについて判断する。

(1) 証人梶及び同小宮の各証言のほか適宜括弧内に掲示した書証によれば、次の事実が認められる。

〈1〉 梶久良夫は原告佐喜夫の瀧野川信用金庫からの三〇〇〇万円の借入れの世話をし、自らも金太郎に多額の融資をするなどして、コミヤの事業資金調達を援助してきたが、昭和五六年一月に、金太郎と原告佐喜夫がコミヤの債務を金太郎所有の不動産を処分して返済し、コミヤの事業を清算する話が持ち上がったことから、梶久良夫及び梶公一が昭和五四年七月二一七に金太郎に対し二四〇〇万円を貸し付けた際に金太郎から譲渡担保の設定を受けていた不動産を処分することにより、金太郎に対する債権の回収を図ろうと考えるに至った。そこで、梶らは、昭和五六年三月四日、金太郎が右不動産を第三者に売却しその代金を梶らに支払うという約束のもとに、右譲渡担保の設定されていた不動産の所有名義を金太郎に戻し、金太郎は右不動産の売却を信託ハウジングに依頼することとした(甲三一号証、乙六号証)。

〈2〉 金太郎は、昭和五六年三月二日から同年九月三日までの間に、別紙物件等目録の番号1ないし7の物件を代金三〇九三万九二二〇円で他に売却し、仲介手数料及び測量費用を控除すると二九一三万五六四八円の手取額を得たが(この事実は当事者間に争いがない。)、同年九月一一日、原告佐喜夫が右金員を信託タウジングから受け取り梶久良夫方に持参した。

右昭和五六年九月当時、梶らは金太郎に対し約三三〇〇万円の貸金債権等を有しており、原告佐喜夫が持参した右二九一三万五六四八円をこの債権に対する返済分に充当することとしたが、他方、同日、金太郎の瀧野川信用金庫に対する保証債務の弁済用の資金として、金太郎に対し新たに一五〇〇万円を貸し付けることとした。右一五〇〇万円は、梶らから直接に瀧野川信用金庫に送金され、右保証債務の弁済に充当された(甲三一号証、乙六号証)。

(2) 右認定事実からすれば、別紙物件等目録の番号1ないし7の物件の売却代金は、梶らが金太郎に対して有していた債権の弁済に当てられたものであり、金太郎が瀧野川信用金庫に対し昭和五六年九月一一日に返済した一五〇〇万円は梶らからの新たな借入金によるものと認められるのであって、原告ら主張のように右物件の売却代金が瀧野川信用金庫に対する保証債務の返済に当てられたとすることは困難なものといわざるを得ない。

もっとも、証人小宮及び同梶の証言には、右原告らの主張事実に沿う部分があり、更に証人梶は、梶久良夫が作成したメモ(甲三一号証)に右一五〇〇万円を金太郎に貸し付けた形の記載をしたのは税務対策を考慮したものであると供述する。確かに、本件における不動産の処分がコミヤの債務全体を整理することを目的として行われたものであることからすると、梶らが不動産の売却代金をいったん同人らの金太郎に対する債権の弁済に当て、更に金太郎に対し新たに保証債務の返済資金を貸し付ける形をとるというのは、一見う遠であるように見えないでもない。しかし、別紙物件目録等の番号1ないし7の各物件は、前記のとおりもともと梶らの金太郎に対する貸金債権の担保として提供されていた土地であり、かつ、これらを第三者に売却した代金をもって右債権の返済に当てるために所有名義を金太郎に戻していたことからすれば、前記各物件の売却代金が第一次的に梶らに対する債務の返済に当てられるのはむしろ当然のこととも考えられるし、梶久良夫の作成したメモ(甲三一号証)も、梶久良夫自身が右売却代金の授受があった直後である昭和五六年一〇月当時にこのような趣旨に沿う記載をしていることが認められるのである。これらの事実からすれば、前記の各証言部分は信用し難いものというべきである。

また、原告らは、予め梶久良夫と原告佐喜夫との間で成立していた合意に基づき、瀧野川信用金庫に対し、右売却代金の中から一五〇〇万円が弁済されたものであるとも主張するが、右のような合意があったことを認めるに足りる証拠はない。かえって、証人小宮及び同梶の各証言によれば、原告佐喜夫が右売却代金をいったん梶久良夫方に届けた後、はじめて梶久良夫が原告佐喜夫に対して受け取った右売却代金のうち一五〇〇万円を瀧野川信用金庫への弁済に充てる話を持ち出し、その結果右弁済が行われるに至ったものであることが認められるものというべきである。

(3) 更に、原告らは、瀧野川信用金庫に対する弁済が梶らからの借入金から支払われたものであるとしても、別紙物件目録等の番号1ないし7の物件の譲渡と右保証債務の弁済との間には実質的な牽連関係があるから、このような場合についても本件特例が適用されるべきであると主張する。

しかし、法六四条二項は、その文言からして、資産の譲渡代金によって保証債務が履行された場合に限って本件特例の適用を認めることとしていることは明らかなものというべきである。もっとも、所得税基本通達(六四-五)によれば、課税実務の上では、保証債務の履行を借入金で行い、その借入金を返済するために資産の譲渡があった場合においても、当該資産の譲渡が実質的に保証債務を履行するためのものであると認められるときは、本件特例の適用を認めるとの取扱いが行われていることが認められる。しかし、前記認定事実によれば、本件の場合は資産の譲渡の対価がいったん金太郎の手に入り、金太郎としては、右の対価をもって直接前記保証債務の履行に充てることが可能であったのに、これを梶らに対する債務の弁済に充て、別途梶らから借り入れた金員で右保証債務を履行することとしたものであるから、右基本通達によって本件特例の適用が認められることとされている場合とは事案を異にするものといわなければならない。したがって、原告らのこの点に関する主張を採用することはできない。

三  結論

以上の次第であるから、結局原告らの請求は、本件特例の適用のための実体的要件が欠けていることとなるため、その他の点について判断するまでもなく理由がないこととなる。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 小池裕 裁判官 近田正晴)

別紙 物件等目録

〈省略〉

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